【主日礼拝メッセージの要約】                                 2008年32

妨げられずに」 

 
使徒言行録28章30-31節

 

高橋淑郎牧師

  使徒パウロはこの時軟禁生活でした。ストレスの溜まる2年間でしたでしょう。鎖に繋がれていたかどうか分かりませんが、不安定な経済事情の日々、また見張りの目が光っている中で、しかし、パウロはこんな状況に置かれていても、それをちっとも不自由だとは思っていないのです。訪ねてくる人は誰でもウエルカムです。まっすぐに主イエス・キリストのみを仰ぎ見ていたからです。彼の心はこの世のすべての事柄から解放されていました。自由に妨げられることなく、「神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」と著者ルカが証言しています。傍目(はため)にも生活の苦労を微塵も感じさせず、主イエスのために嬉々として働く姿に、ルカをはじめ、そばにいる人々、パウロを訪れる人々の方がどれだけ慰められ、力づけられたことでしょう。


 わたしもかつてこのような人を直に見たことがあります。神学生として実習訓練を受けていたある教会に、当時70歳くらいの女性信徒がおられました。市の福祉課のお世話で、ご高齢にもかかわらず、街の清掃という仕事をしては、いくばくかの日当を頂いて、家計を助けておられました。家庭的には不幸を絵に描いたような人でしたが、礼拝もお祈り会もほとんど皆勤で、いかにも楽しそうにイエスさま一番を口癖に、教会生活を送っておられました。その姿は、まさに主の聖徒に相応しく主の栄光に輝いていました。霊的に解放されて自由で、何ものにも妨げられずに、「神の国はここにある」と言わんばかりに、キリストの芳(かぐわ)しい香りを放っていました。彼女の存在は、私たち神学生にとって、教室で学ぶどんな講義にも勝る得難い教材でした。


 愛する兄弟姉妹、あなたは日々の生活の中で、心も霊も自由にされていますか。経済的な問題、仕事の行き詰まり、人間関係からくるストレスでがんじがらめになってはいませんか。あなたにとって、本当は何を優先すべき、大切なものであるか分からなくなってはいませんか。生きる目標を見失いかけていませんか。「イエスさまが一番」、この確信こそ、すべての解決の第一歩なのです。

 

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【主日礼拝メッセージ】                                      2008年32

妨げられずに」 

 
使徒言行録28章30-31節

高橋淑郎牧師

 主の日の礼拝で使徒言行録を読み始めたのは2005年4月17日(「 約束を待つ 」使徒言行録1章1−5節)でした。あれから2年と11ヶ月を経て、今日が最後の箇所となりました。わたしは、今最後の箇所と言いましたが、この31節で本当に本書は終りなのか、どう考えても中途半端な気がしてなりません。まだこの先があるのでは、と錯覚します。これまで再三、ローマへ行くことを神から示されていましたし(23:11,27:24)、パウロ自身もそれを希望していました(19:21、ローマの信徒への手紙1:15,15:22、コリントの信徒への手紙一9:16)。そして紆余曲折を経ましたが、主なる神の導きを得て、今その願いが叶えられたのです。だからこそ読者である私たちとしては、この先ローマでの活躍ぶりを知りたいのですが、31節で終わっています。残念です。どうして著者ルカはこの先の出来事に触れず、「ここまで」と筆を置いたのでしょうか。そのわけはもちろんルカに直接聞くしかないのですが、それもできません。もしかして、ルカはこの先を書くつもりでしたが、何かの事情で中断させられたのでしょうか。それともパウロに先立って殉教したか病死してしまったのでしょうか。しかしこの推理は成り立ちません。なぜなら、パウロにとって絶筆となったテモテへの手紙二を書いたときにはルカはまだパウロの傍らにあって、共に働いていたからです。あれこれと考えましたが、わたしは一つの結論に導かれました。この一件中途半端な終り方もまた、神の御配剤であったのだということです。わたしたちは、未完成のように見えるこの箇所から示されるままに、メッセージを聴き取ることで、主なる神の深い御心を分からせて頂けることでしょう。


 「パウロは、自費で借りた家に丸二年間」住んでいたと書かれています(関連、16節)。監禁の場合は、国の用意した獄舎に閉じ込めるのですが、パウロの場合は住む家を自分で自由に選ぶことができました。「聖書地理」(1962年版、馬場嘉市著。269頁)という本によると、皇帝アウグストゥスは、火災による被害を少しでも小さくしたいという動機から、集合住宅を建設する際は、高さ20m(6−7階?)を越えてはならないと命じていたそうです。「家」(30節)とは言っても、一軒家を手に入れたり、借りたりするのは、相当の資産家でないと不可能でした。多分低所得者向けの安アパートであったと思われます。しかも日常生活では、1階に住む人はまだラッキーですが、2階から上に住む人はもっと大変でした。というのも市内には8箇所に水路がありましたが、屋上に水を汲み上げるポンプなどない時代です。2階から上に住む人は、1階の水槽から水を汲んで、階上に運ばなければなりませんでした。パウロの場合、番兵が一人監視していたことから、幸い1階に住んでいたと思われます。それでも家賃は一部屋について、年間3万円は必要であったということですが、これは当時の低所得者にとって、決して楽な金額ではありません。パウロの職業はテント作り(18:3)でしたが、大都会ではテントを作っても、果たしてどれくらいの需要があったのか分かりません。生活費を稼ぐのがやっとだったでしょう。


 本筋と関係のない話を長々としましたが、軟禁状態であったとは言え、番兵に監視されながらの生活は、経済的にも精神的にもどんなに不自由で、ストレスの溜まる2年間であったことか、皆さんと共に想像してみたかったのです。パウロはどうしてこんな生活を選んでしまったのでしょうか。答えは一つです。ひとえに福音の為です。キリストの福音を宣べ伝えるために献身していたからです。
 わたしのように意志薄弱で、卑怯な者は、こんな生活をしなくて済む方法を考えてしまいます。しかし、パウロはそうではありません。彼のような人は他人の苦労を買ってまで引き受けることを躊躇しません。しかも、それを少しも不自由だとは思っていないのです。訪ねてくる人は誰でもウエルカムです。鎖に繋がれていたかどうか分かりませんが、不安定な経済事情にもかかわらず、また見張りの目が光っている中でストレスの溜まる生活にもかかわらず、しかし彼の心はこの世のすべての事柄から解放されていました。自由に、妨げられることなく、「神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」と著者ルカが証言しています。傍目(はため)にも苦労を微塵も感じさせず、主イエスの為に嬉々として働く姿に、ルカをはじめ、そばにいる人々、パウロを訪れる人々の方がどれだけ慰められ、力づけられたことでしょう。
わたしもかつてこのような人を直(じか)に見たことがあります。何年か前にもお話しましたので、覚えておられる方は許してください。わたしがまだ牧師になるための神学校というところで学んでいた頃のことです。どこの神学校でもそうですが、教室の学びとは別に各教会に派遣されて、実習訓練を受けることになっています。わたしが派遣された教会に、当時70歳少し手前くらいの女性信徒がおられました。市の福祉課のお世話で、ご高齢にもかかわらず、街の清掃という仕事をしては、いくばくかの日当を頂いて、家計を助けておられました。その彼女が礼拝やお祈り会の席で、証の順番が回ってくると、元気な声でその週に経験したことを通して、イエス・キリストのことを語ってくれました。家庭的には不幸を絵に描いたような、いくつもの重荷を抱えている人でしたが、礼拝もお祈り会もほとんど皆勤で、ユニフォーム代わりのエプロンを身に着けながら、いかにも楽しそうにイエスさま一番を口癖に、教会生活を送っておられました。その後姿は、まさに聖徒に相応しく主の栄光に輝き、霊的に解放されていて、表面上の苦難や試練の数々を越えて、自由で、何ものにも妨げられずに神の国はここにあると言わんばかりに、イエス・キリストの芳しい香りを放っておられました。彼女の存在は、教会員だけでなく、私たち神学生にとっても、教室で学ぶどんな講義にも勝る得難い教材でした。

 愛する皆さん、あなたも日頃いろいろな事柄、たとえば経済的な問題、仕事の行き詰まり、人間関係から来るいろいろなストレスで不自由を強いられているかもしれません。しかし、そうした中にも主イエスがあなたと共におられることを忘れないでください。もしあなたが何を優先すべきか、何を大切にしなければならないかを見失わなければ、あなたもまた使徒パウロが経験したように、「全く自由に何の妨げもなく」、なすべきことを成し遂げさせてくださることでしょう。あなたの上に神の祝福がありますように。祈りましょう。

 天の父なる神さま。御名を崇め讃美します。
使徒パウロは、外見ではとても不自由な毎日であったと思われます。しかし、著者の目には実に生き生きとして映っていたようです。自由で妨げられることなく、イエス・キリストの福音を宣べ伝えることに全身全霊を打ち込んでいたと伝えています。その燃える情熱は、いったいどこから来るのでしょう。パウロはかつて、「キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。」(コリントの信徒への手紙一5:14)と言いました。実に、この言葉の通り、全ての罪びとの為に十字架に死んで甦ってくださった主イエスに対する、溢れる感謝が彼の生涯を支えていたことを思うとき、私たちはどうなのかと探られる日々です。


 今はキリスト受難節です。私たちも十字架の主イエスを思い、主の愛に応答する信仰、福音を伝える情熱に満たしてください。
救主イエス・キリストの御名によってお願い致します。アーメン。


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