【主日礼拝メッセージの要 約】                                 2008年25日

魂 のシェルター 

 
詩編46編2-12節

 

山岸 明牧師

 私たちは、なるべく苦難に遭わないように計画して歩みますが、人生は計画通りにならないことの方が多いのが現実です。私の人生「こんな筈ではなかった、 どこで間違えてしまったのか」と悔んだり、又、背負っている重荷に耐えかねて、その場に座り込んでしまうこともあります。傷つき痛みや寂しさに戸惑った り、不安に悩まされる事もあります。この詩篇の著者はたくさんの苦難を背負いながらも「神は私の避けどころであり力である」と、告白しました。

 初めに、皆さんにとって神様とはどんなお方でしょう?今日の詩篇の著者と同じように「神は私の避けどころ」となっているでしょうか。イエス様は「疲れた 者、重荷を負うものは、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」マタイ11:28と仰せられました。イエス様は私たちの人生に苦難がある事を ご存知の上で、いつでも私のもとに来なさい、休ませてあげようと言われたのです。私たちはこの御言葉を素直に受け入れるべきです。

 次に、苦難に遭ったとき、いつまでも自分の力にしがみ付いているのではなく、駄目だと思ったら魂のシェルターに逃げ込むことです。そこは愛に満ちてい て、私たちがどんなに傷ついても、どんなに疲れていても、その愛によって癒され、励まされ、そして、それぞれが抱えている問題を乗り越える勇気も与えて頂 けるのです。その愛と力はイエス様の十字架と復活から来ているのです。

 では、そのシェルターはどこにあるのでしょうか?それは「苦難のとき、必ずそこにいます。」とあるように、どんなときにも「神は我々と共におられる」マ タイ1:23のです。私たちは、神様、なぜ応えて下さらないのですか?どうしてこんなに苦しめるのですか?と叫ぶことがあります。しかし、それが真実の祈 りではないでしょうか。聖霊は目に見えませんが、私たちの切なる祈りを聞き入れ、魂のシェルターに招き入れてくださるのです。私たちにとって神様とは「わ たしの避けどころまた力である。悩める時のいと近き助けである」故に、「わたしは恐れない、わたしは揺るがない」となるのです。       
 
 

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