【主日礼拝・要 旨】                                        2009年5月24日 

 『待ち望む人への幸い』  

 マタイによる福音書20章1-16節

山岸 明牧師

 

 「ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に出かけて行った。」1 そして広場にいた労働者を1日1デナリオンの約束でぶどう園に送った。主人はこのあと、9時、12時、3時、5時にも広場に行って、全ての人をぶどう園に送りました。仕事が終わり精算のときが来ました。すると主人は後から来た人たちから精算を始めました。すると後から来て働いた者も早朝から来て働いた者も同じ1デナリオンでした。当然早朝から働いていた人たちは不満の声をあげはじめます。わずか一時間だけ働いた人たちと同じ賃金では不公平すぎるからです。

 しかし、「主人はその一人に答えた。友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか」13この主人は1デナリオンで雇うと約束をしたのですから、嘘をついた訳でありません。では、何が不満なのでしょうか? それは、主人の寛大さが不満であり、面白くないのです。雇われた事への感謝で始まったのに最後には不満へと変わってしまったのです。でも考えてみると、私たちも人の幸福とか、人が誰かから寛大にされるのを見ると素直に喜べません。本当に私たちは狭い心を持っている事に気づかされます。主人の皆を幸せにさせてやりたいという広い心を理解できずに、与えた主人に文句をつけるのです。

 神の愛とは「悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるのです。」マタイ5:45 特に絶望の中にありながらも、ひたすら雇い主を待っていた労働者のように、神様(雇い主)は、この労働者(ひたすら神を待ち続ける者)を見捨てられなかったのです。「わたしはあなたを選び、決して見捨てない。」イザヤ41:9 ですから、もう「だめだ」と言って諦めたり、絶望したりしないで下さい。天の国は神を待ち望む者が豊かに祝福されるところなのです。


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