【主日礼拝 メッセージ】                                        2009年10月18日 

 『今が大切です』 

ヘブライ人への手紙3章7-15節 



 イスラエルはエジプトの奴隷として仕えていた時代がありました。民はその重労働のゆえにうめき、叫びました。助けを求める彼らの叫び声は神に届き、神はモーセを通してエジプトからイスラエルの民を救われました。そして神が示された約束の地に向かいますが、荒野の旅が続くうちに、次第に不平不満を言うようになりました。のどが渇いた、肉が食べたい、疲れた、そして、エジプトにいた奴隷の時のほうが良かったと言って神に反抗しました。

 私たちも神の恵みの中に生かされているのに、その頑な心で神を神と認めず、神に背を向け、自分勝手に生きています。そんな的外れな生き方をしている愚かで、どうしようもない私を神は見捨てる事なく忍耐され、さらに、御子を十字架に付けてまでも私の罪を赦し愛してくださいました。私たちはあのイスラエルの民のように「今日、あなたがたが神の声を聞くなら、荒れ野で試練を受けたころ、神に反抗したときのように、心をかたくなにしてはならない」(7)のです。

 また「最初の確信を最後までしっかりと持ち続けることが大切なのです。」(14) とあります。私たちがこの恵みを持ち続けるにはキリストの体である教会につながっていなければなりません。弱い私たちは教会においてこそ初めて信仰が守られていくのです。教会に来ていたら信仰が出来るというものではありません。御言葉によって語られた事、示された事を信じて決断をしていくのです。それは明日ではなく「今」なのです。

 今日、神の御声を聞いたなら、今日の状態がどうであっても、「神さま、今

 あなたを受け入れます」「今、あなたの御言葉通りにします」という決心が大切であります。「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」(ヨハネ15:7) と仰せられている通りであります

 

 

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