【主日礼拝 】                                           2010年11月14日 

『元気を出しなさい』

使徒言行録27章13-25節

山岸 明牧師

 よく元気のない人に向かって{元気を出しなさい}と励ましの言葉をかける事があります。逆に、私が元気のないときには「元気を出しなさい」と励まされる事もあります。しかし、元気を出したくても出せない人に向かって、いくら「元気を出しなさい」と言っても、それは何の気休めにもなりません。「元気を出せ」と言われて、元気が出る悩みは大した悩みではないかも知れません。パウロたちが乗った船が、暴風に巻き込まれ、荒れ狂う海の中で流されるまま絶体絶命の中に置かれてしまいました。「幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」(27:20)とあるように、私たちも人生の中で、望みや希望が全く消えうせようとすることがあります。
 パウロはまったく希望を見出せない不安の中で神の声を聞きました。「パウロ、恐れるな」(24)と。これを聞いたパウロは絶体絶命の中から立ち上がることができました。パウロにとって神の御言葉は気休めなどではなく、希望と勇気を与えてくださる命の御言葉になりました。「パウロ、恐れるな」のところに自分の名前を入れて、神が自分に語りかけてくださっていると信じてください。魂が命が吹き込まれ力が湧きあがってきます。これが命ある神の御言葉です。こうして神によって立たせて頂いた者は、同じように嵐に悩まされている者たちに向かって「元気を出しなさい」と語りかけ励ます事ができます。たとえ自分がどこへ行こうとしているかさえ分からないような嵐の中にあっても、私たちは神からのかなざしの中に捕らえられて、行くべき道を見出します。神を信じているからこそ、私たちは絶望しません。暴風の吹き荒れる状況にあっても、神の言葉を聞き、立ち上がり、神の言葉を宣べ伝えるのです。
 神を信じることは嵐に遭わないという事ではありません。いろんな事があるのが人生です。嵐の中で希望もなくすような事もあります。しかし、いかなる時でも神が支えてくれている事を信じて歩みます。「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」(マタイ5:13-14)。これが、この荒波の社会におけるキリスト者の存在であり、神から教会に託された大切な伝道の使命です。


 
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