【礼拝メッセージ 】                                 2015年04月12日 

         『みんな救われてほしい     

コリントの信徒への手紙(一)9章19-27節

山岸 明牧師

  「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、全ての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を獲得するためです。ユダヤ人に対してはユダヤ人のようにな りました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身そうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました、弱 い人に対しては弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。」

 パウロは力強く「福音のためなら、わたしはどんなことでもします。」と宣言した。ハレルヤ、素晴らしい、すごい告白です。では、パウロのこの告白の動機 は一体何でしょうか?人々から認められたいからか。伝道の実績を上げるためか。教会を大きくするためか。献金の目標達成のためか?全然違います。

 パウロの動機は「愛」です。愛がなければ伝道は出来ないのです。伝道を計算したり、損得を考えたら何もできません。私たちが時間を捧げ、労力をささげ、 お金をささげ、損を承知で伝道できるのは、キリストの愛が私たちを支配しているから出来るのです。主イエスが十字架の上から自らをののしり、殺そうとする 者たちに対して「父よ、彼らをゆるしてください」と祈られたのは、愛でなくて何でしょう。それでも、その人が救われるように、その人が幸せになるように、 この愛が伝道の動機です。

 私たちは伝道と言う言葉を聞くとどこか恐れをなしてしまいます。失敗したらどうしよう。結果がでなければ無駄だ。考えるだけで気が重くなって伝道の意欲 が失せます。しかし、主イエスが私たちに福音を伝える使命を与えられたときに、そのようなことは望みませんでした。成果も求めませんでした。主イエスが望 まれることは「御言葉を宣べ伝えなさい。折りが良くても悪くても励みなさい」(テモテ4:2)です。ですから伝道への恐れより、救われる魂のことを夢見て いきたい。それだけで楽しくなります。今度は誰がここで信仰告白をするのか。考えるだけでわくわくしてきます。だって「みんな救われてほしい」からです。

 
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