イースター礼拝メッセージ                                                                                        2022年04月24日 

命はつながりの場で

山岸 明牧師

マタイによる福音書19章16-22節
「もし完全になりたいのなら、

行って持ち物を売り払い貧しい人々に施しなさい。
そうすれば、天に富を積むことになる。
それから、わたしに従いなさい。」



 聖書を見ると主イエスと出会った多くの人々は喜び、賛美し、感謝して帰って行く人が多い中で、金持ちの青年は悲しんで立ち去ってしまった。何があったのでしょうか。青年は主イエスに「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」と、単刀直入に質問をした。彼は「命」について真剣に取り組んでいた。私たちは命についてどれほど真剣に取り組んでいるでしょうか。

 質問した彼に主イエスは「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、父母を敬え、隣人を自分のように愛しなさい。」(19)と言われた。ユダヤの民ならだれでも知っている十戒の後半部分です。すると彼はこう言いった。「そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか。」(20)

 この青年の態度、問いから非の打ちどころのない立派さを感じます。彼は今まで人から褒められる人生を歩んで来たと思う。あなたは真面目で、熱心で、親孝行ですね。そして宗教心も篤いですね・・・と何度も言われた事でしょう。それは青年の「そういうことはみな守ってきました。」この言葉から分かります。

 一方で、別の側面も見えます。そんなことは、前から分かっています。他に何かないのですか!である。知識だけなら、当然『知っています。分かっていま す。』となる。だからまたすぐに新しい教訓が欲しくなるのです。この時、主イエスが彼の望むような新しい教訓を与えたなら、彼は喜んで帰ったでしょう。主 イエスは何でも分かってしまうこの男性に、敢えて絶対にできない課題を与えた。「あなたに欠けているものが一つある。持っているものを売り払い、貧しい人に施しなさい。」(21)こ れを聞いて彼は立ち尽くし、悲しんで立ち去った。青年は真面目で一生懸命であった。しかし、神との交わりはなかった。ただ自分が正しく生きているというこ とだけであった。永遠の命も自分の努力で勝ち取ろうとした。もし彼がこう答えたらどうだろう。イエス様、そんな事は無理です。できません。自分の生活もあ ります。私はどうすれば良いでしょうか。助けてください。きっと彼は永遠の命を得ることができたでしょう。